もしかして「きちんと文章を書く力」が危うい時代なのか

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今日は家族で仲良くおでかけができて、それだけで最高に幸せな気持ちのこっきです。こんばんは。

さて、「きちんと文章を書く」ということについて、いま奥さんと話をしたので備忘までにブログにして全世界に公開したいと思います。(なんでやねん。ブログの使い方間違っとるがな。)

奥さんが幼稚園の先生との連絡ノートを書いていて、「あー今日も文章メチャクチャになっちゃった!」と嘆いていました。

いわく、全体的に口語体(いわゆる話し言葉風)になってしまったり、起承転結が付けられなかったり、文章の前後関係がおかしくなってしまったりと、それほど長い文章でないにも関わらずいろいろと小さな事件が起こってしまったようでした。

「きっとLINEとかFacebookとかインスタばっかりやってて、ちゃんとした文章なんか最近書いてないからだわ・・」と彼女なりに自己分析していました。

たしかに、SNSやらメールやらデジタルな文章というのは手書きでない分、後でいくらでもやり直しが効きますし、前提としてそれほど長い文章を書くわけではないのでそれほど文章力が求められない世界です。

奥さんは、自分でも自覚しているようですが、どちらかというと文章はきちんとしている人の方です。(でした?)

その彼女が嘆いているくらいなので、これってもしかして世の中的に広く起こっていることなのかもと思いました。

この話から僕が思いついたことの1つは、「じゃあちゃんとした文章を書ける力って、今後武器になるのかしら」ということ。

僕は毎日モーニングページで文章を書いているのと、ときどきこうしてブログを書いたりしているので、文章力は(そこらへんの人よりは)鍛えられているのではないかと思います。

なので、これは今後も頑張っていくことで何かしらの役には立つような気がしています。

その一方で、でもそもそも手書きで、やり直しが効かない状態で(ボールペンやペンで書くことが求められる時で)、人に伝えるための文章を書かなければいけない場面って、21世紀の世の中でどれくらいの頻度であるんだろう?とも考えました。

年賀状とか、普通の手紙とか、それこそ幼稚園の先生に宛てた連絡ノートくらいしかないのかも?と・・ (・_・;)

だとしたら「きちんとした文章を書く」という能力自体、今後の世界でどれほど重要になってくるのか、という疑問も同時に湧いてきました。

答えがないただの疑問ではありますが、とりいそぎ自分自身への疑問の投げかけまで。

(・・と、ここまで書いて気づいたのは、この記事の文章だって、かなり危ういものがあるということですな・・w)

それでは、また。

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