自己責任とは何なのか -「橋下徹市長(知事)、女子高生を論破」の動画を見て

自己責任とは何なのか -「橋下徹市長(知事)、女子高生を論破」の動画を見て

橋下徹市長、女子高生を論破 - YouTube

「橋下徹市長、女子高生を論破」の動画を見た

YouTubeを開いたら、たまたまこんな動画を見つけました。

橋下徹市長、女子高生を論破

https://www.youtube.com/watch?v=0L1K2Beu07M

2008年に行われた私学助成金削減についての意見交換会での出来事ですが、削減に反対する高校生たちの意見に対して橋下知事(当時)が自論を展開し一蹴、一部の生徒が泣き出す事態になったという動画です。

争点となった会話部分を書き出したサイトがあったので、引用します。

橋下市長「単なる子供たちのたわごとみたいにならないように、僕もかなり厳しく反論していくのでしっかり議論したいと思います。よろしくお願いします」

女子高生「(私は)私立にしか行けなかったんです。家は決して裕福ではなく、父親は中学3年生の時にリストラにあいました。橋下知事は『子供が笑う大阪に』とおっしゃってましたが、私たちは苦しめられています。笑えません」

男子高生「僕は今、私立の大阪高校という高校に通っているんですけど、僕の家は母子家庭で決して裕福な家ではなくて、僕はそんな母をこれ以上苦しめたくなくて、だから私学の助成金とかを減らさないでください」

橋下市長「なぜ公立を選ばなかったんだろう?」

男子高生「公立に入ったとしても勉強についていけるかどうか分からないって(教師から)言われて」

橋下市長「追いつこうと思えば公立に入ってもね、自分自身で追いつく努力をやれる話ではあるよね。いいもの(私立)を選べば、いい値段がかかってくる」

女子高生「だから、そこ(私立)にしか行けないって(教師に)言われたんですよ」

女子高生「大阪の財政を良くするというのは私たちが苦しむことなんですか?ちゃんと税金取ってるんだったら、ちゃんと教育、医療、福祉に使うべきです。アメリカ軍とかに使っている金の余裕があるんやったら、ちゃんとこっちに金を回すべきです」

橋下市長「じゃあそれはね、あなたが政治家になってそういう活動をやってください」

女子高生「それは私が政治家になってすることじゃないはずです。高速道路なんか正味あんなぎょうさんいらないと思います」

橋下市長「それはあなたがそう判断しているだけ。私自身は必要な道路は必要だと思っている」

橋下市長「皆さんが完全に保護されるのは義務教育まで。高校になったらもうそこから壁が始まってくる。これが大学になったらもう定員。社会人になっても定員。先生だって定員をくぐり抜けて来てるんですよ。それが世の中の仕組み」

女子高生「その世の中の仕組みがおかしいんじゃないですか?」

橋下市長「僕はおかしいとは思わない。16(歳)からはそこにぶつかって、ぶつかって、失敗して…」

女子高生「倒れた子はどうなるんですか?」

橋下市長「最後の所は救うのが今の世の中。生活保護制度というのがちゃんとある」

橋下市長「今の日本は自己責任が原則ですよ。誰も救ってくれない」

女子高生「そこがおかしいです」

橋下市長「それはもう国を変えるか、この自己責任を求める日本から出るか、国を変えるしかない」

ガールズチャンネル より

コメント欄には賛否両論あるようですが、「よく言った」という意見が多いようです。

正直この政策判断自体が正しいのかどうかはわかりませんが、僕自身、この意見交換会で橋下知事がとった考え方はとてもよく理解できました。

一言でいえば「100%自己責任論」ともいえる考え方で、要するに「自分人生の責任を引き受けなさい」というメッセージを伝えたかったんだろうなと思いました。

ここに激しく共感を覚えました。

自分人生の責任を引き受ける」ということ

僕はこの考え方が好きで、常日頃から自分にも問いかけるようにしています。「お前は今、ちゃんと人生の責任を引き受けられているか?」と。

自己啓発書としても有名な「7つの習慣」にはこんな形で説明されています。

主体性とはよく聞く言葉だが、定義があいまいになっている場合が多い。主体性を持つということは率先力を発揮するだけではなく、人間として自分の人生に対する責任をとるということである。私たちの行動は周りの状況からではなく、私たち自身の選択によって決まるのだ。

7つの習慣」(第一の習慣:主体性を発揮する)より

本書では、具体的に人生の責任を引き受ける方法についても書かれています。それは「自分の反応を選択する」ということです。

例えば、雨が降ってきたときに「ああ、雨が降ってきちゃった。おでかけできないし、洗濯物も乾かないしやだなぁ」と思うか、「雨が降ったから出かけるときは傘をさそう、洗濯物は室内に移して風を通す場所に置こう」と思うかの違いがわかりやすいかもしれません。

前者は起こったことにただ反射的にネガティブになっているだけ、後者は状況変化の中で即座に自分がすべき反応を選択していると言えます。

この考え方でいけば、人生において人のせいや環境のせいにできることはほとんどなくなります。なぜならばいつ何が起ころうとも、僕たちには常に「自分の反応を選択する」自由があり、自分の反応を「適切に」選択し続けた先の結果ならば、おそらくどんな状況であろうと納得できるはずだからです。

冒頭の動画に出てきた生徒たちの反応はどうだったでしょうか。「家が裕福でなかったこと」や「先生に言われたこと」によって自分たちの選択肢が狭まり、やむなく頼っている助成金を削減されるなんて「政治がおかしい」「国がおかしい」という意見。すべて誰か・何かによって自分の人生が影響されている話ばかりです。

「裕福でなくてもできることは何だろうか?」「先生に言われたけれど、本当はどうなのか?」といったことに発想を広げることも「反応の選択」ですし、「政治がおかしい」「国がおかしい」と言っているくらいならば「自分が政治家になって国を変える」のも「そんな国とっとと見捨てて海外に移住する」のも「反応の選択」です。

橋本知事が1時間半の議論で伝えたかったことも、そうやって「人生の責任を引き受ける」ことだったんだと思います。

最期の生徒の一言に日本の未来がある

動画のラスト、議論を終えた高校生たちがインタビューに答えます。

「悔しいです。傷ついている人たちの意見なんて全く分かってくれてない」

「結局は自分が悪いみたいな・・・感じで言ってたんでちょっと腹が立ちました」

という会話に「あーやっぱりわかってないねんな」と思っていたら、

「これから勉強せなあかんねん。負けてたらあかんで。悔しいからな、勉強していろんなこと知ってなきゃあかん」

というセリフが飛び出します。この一言に、この意見交換会の成果が凝縮されているなと思いました。議論の中で悔しい思いもしたでしょうし、泣いてしまった子もいたけれど、「自分たちが成長するしかない」という本質に気づけたことが最高の果実ですし、橋下知事が伝えたかったこともまさにこういうことだったんだと思います。

彼女たちも今では20歳を超えて、社会人になっている子もいるでしょうが、この最後の言葉に集約された思いで頑張ってくれているといいなと思いました。こうした若者の中に、人生の責任を引き受けられる人が増えるごとに、この国は少しずつ強くなっていくと思います。

橋下知事もインタビューでこんなコメントをしています。

「子ども扱いはしません。義務教育終わっているんで。高校生の皆さんも言いたいことはまだ山ほどあるだろうし。ああいう形で政治的な意見を持っているのは立派なんじゃないですかね」

最期は彼女たちの未来に期待を込めています。

とても良いものが見れたと思いました。(6年前の出来事でとってもいまさらだけど・・w)

 

それでは、また。

 

 

 

 

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