【映画】「ゴーン・ガール」から学ぶ「夫婦という最大のミステリー」

映画から学ぶ
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「ゴーン・ガール」観た(ようやく)

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(C)2014 Twentieth Century Fox

「怖い」「考えさせられる」「そういうオチで来るか」と観た人から断片的な感想だけもらっていてとっても気になっていた本作。ようやく観ることができました。(TSUTAYA‐TVでオンデマンドで観賞)

 

特報映像はこちら。

映画『ゴーン・ガール』特報

妻が失踪した夫が主人公。警察やボランティアの協力を得て、テレビで情報を募り、夫は被害者として有名になっていくが、徐々にわかっていく奥さんの本当の姿と、周囲からかけられていく妻殺害の疑い。さて、事の真相やいかに、というもの。

失踪の謎は物語の前半で明らかにされて、中盤以降は主人公夫婦それぞれの本当の姿や、彼らの結婚の実態が少しずつわかっていくという展開です。

と、奥歯にモノが挟まった状態で本作の本質を語るのは無理なので、以下激しくネタバレします。

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「ゴーン・ガール」ネタバレ感想

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(C)2014 Twentieth Century Fox

物語の本質は「妻の失踪」や「夫による殺害容疑」というミステリー要素ではなく、徐々に明らかにされていく「夫婦の本当の姿」です。

ミステリー要素を排しちゃうと、ざっくりこんなストーリーになります。

  • 才色兼備なエイミーと、都会的なニックが出会い結婚
  • 結婚後、ニックの母親の介護のため田舎へ引っ越す、生活変化に戸惑うエイミー
  • エイミーの金でバー経営するニック、仕事はそこそこに家ではゲーム三昧
  • ニックに生活態度の改善を求め、なじり始めるエイミー
  • エイミーが窮屈になり教え子と浮気をするニック、その現場を観てしまうエイミー
  • ニックへの復習のために偽の失踪と自らの殺害容疑を偽装するエイミー
  • マスコミや世間に犯人扱いされ始めるニック
  • 事態終息のためTV番組に出演し、完璧でなくとも良い夫になりたいと訴えるニック
  • 失踪先で番組を観たエイミーに図らずも「理想の男」として移るニック
  • エイミーは失踪中自分をかくまってくれていた元カレを殺害、ニックのに戻る
  • すべて狂言だと知りながら「理想の夫婦」を演じ続けるほか術がないことを知るニック

こう書き出すと、いかに本作が「男と女」「夫婦」「結婚」をテーマにしているかわかります。そのテーマの上にギミック(仕掛け)的にミステリー要素が乗っている構造です。

観終わった時の僕の感想は「女って怖えーー」でした。(ステレオタイプですみません)

だって、多少自堕落だろうが、ちょっと浮気しようが、何も偽の失踪やら、偽装殺害工作やら、元カレの殺害までやらかさなくてもいいでしょうが、と思っちゃうじゃないですか。

でもそれって完全に男の理屈みたいで、うちの奥さんはじめ女性側の感想は「エイミーの気持ちも分からんではない」とか「むしろ普通」とか、そんな感じが多いみたいでした。

さすがにエイミーと同じ行動は取らないまでも、多かれ少なかれ奥さんというものは旦那さんに似たような気持ちを抱いたことがあるんじゃないかと、そういうトーンなのです。マジかよ。

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世界最大のミステリー、それは「夫婦」

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(C)2014 Twentieth Century Fox

ニックはどこで間違ったんでしょうか。

  • ① そういう恐ろしい女性と知らずにエイミーと結婚したこと
  • ② 結婚前に「エイミーに相応しい男」を演じてしまったこと
  • ③ 結婚後に「エイミーに相応しい男」を演じ切らなかったこと
  • ④ 浮気したこと

おそらく答えは全部なのですが(笑)、エイミーの視点では②と③になると思います。

要するに、結婚をする前に「理想の男」を演じるべきでなかったか、もしくは「理想の男」を演じて結婚してしまったからにはそこを基準に努力をし続けるか、どちらかにすべきだったということです。エイミー視点でいえば、ですよ。

理想の男を演出しながら、結婚後はそれを裏切った。これはエイミーにしてみれば、「自分の夫という役割」を演じ切ることができていないということになるんじゃないかと思います。

一方、エイミーの方はどうかといえば「才色兼備なニックの妻」を、少なくとも世間に対しては完全に演じ切ろうとし続けます。それこそ、どんな手を使ってでも

ここが本作が突きつける「結婚の本質」ではないかと思います。

つまり、夫婦とは役割であるということ。夫、妻、夫婦、というそれぞれの、そして二人の役割を相手と世間に対して演じ続けることで初めて夫婦としていられる、ということです。

結婚式で交わしたのは実は「永遠の愛」などではなくて、そうした役割を演じ続けましょうという「お互いの意志」なのです。

でもそれって、どんな人間関係でも一緒ですよね。親と子もそうですし、会社の上司と部下もそうですし、友人知人関係もそうですよね。お互いの役割を演じ続けることで、その立場を担うことができると言えます。

なのになぜか夫婦だけは皆、勘違いをする。自分の努力不足を棚に上げて、夫は「もう愛がなくなった」と嘆き、妻は「こんなはずではなかった」と地団駄を踏んだりする。

でも、正しくは「自ら主体的に相手を愛する」という行為だったりするわけです。(ここらへんは「7つの習慣」でいう「主体性の発揮」のくだりにある通りですね)

ここらへんの感覚、実際に自分が特定のパートナーとやってみるまでは当人たちもどうなるかわからないですし、他の人にはうかがうことすらできないという意味で、結婚は世界共通にして、最大のミステリーなのかもしれません。

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「ゴーン・ガール」のタイトルの意味

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(C)2014 Twentieth Century Fox

結婚に必要なのは永遠の愛などではなく、「お互いの意志」。その意味でエイミーが取った行動はある意味で正しいのかも知れません。彼女は意志を持って、主体的に、結婚、夫婦、さらには親子というものを作っていこうとしているわけですから。(でもそのために殺人犯しちゃダメだけど・・)

そんなメッセージを僕はこの映画から受け取りました。

ところで、タイトルの「ゴーン・ガール」とは「失踪中の女性」のことです。当然エイミーのことですが、なんとなくの違和感が。そう、最後には帰ってきているのにな、と。

でも、と考えました。もしかしたら、ニックにとっては「理想だったエイミー」がずっと失踪してしまっているということを表しているタイトルなのかも、と。

もっと妄想を広げると、結婚とは本質的に、男性にとってのかつての「ガール」が永遠に失踪してしまうということを表しているタイトルなのかも、と。

男性のそんな気持ちを代表しているのが、冒頭とラスト、エイミーのアップとともに流れるニックのモノローグなのかも。

「君は何を考えている? どう感じている? 僕たちはどうする? これからどうなる?」

観終わってから、1週間が経つのに、いまだにじわじわくる作品。

特に既婚者の方はぜひ奥さん、旦那さんとご一緒に見てほしいと思います。きっと観賞後にお互いの意見を交換するだけの甲斐があると思います。

 

それでは、また。

 

※全っ然関係ない話ですが、ニックと妹が経営する「ザ・バー(The Bar)」って店名かっこいいですね。ラスベガスにある一番人気のバフェも「The Buffet」って名前だったことを思い出しました。潔く、かつここがNo.1だと言わんばかりのネーミングで憧れちゃいます。僕のブログも「The Blog」とかにしようかな。ますます何のブログかわからなくなっちゃうか。

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