「だれが好き」 ではなく 「みんな好き」

「だれが好き」 ではなく 「みんな好き」

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娘と保育園の先生の話をした

散歩中、娘に「保育園の先生で誰が好きなの?」と聞いたときの話。

ちょっと考えたあとで、

「えーとえーと、○○せんせいとー」

とー?

「△△せんせいと、××せんせいと、□□せんせいと、●●せんせいと、▲▲せんせいと、■■せんせいと・・・」

全然終わらない・・。

「◎◎せんせいと、**せんせいと、☆☆せんせいと、★★せんせい!」

伏字で表現するための記号がなくなるくらいの先生の名前があがりました。

「へーそんなに好きな先生がいていいねー」と言いながら、「誰が好きか」を問いかけた自分を恥じました。

「だれが好き」 ではなく 「みんな好き」

このとき僕は「誰が好きか」ではなく「皆好き」という考え方って素敵だなと思いました。

「誰かが好き」と表明したときに「その他の人はそうでもない」ということを表明することになります。

「皆好き」という関係性にはそうした濃淡がなく、人として公正な態度だと思うからです。

ただ娘と保育園の先生の関係性と比べて、普通の大人同士の関係性はもう少し複雑です。

誰にでも距離感が難しい相手や、なかなか波長の合わない人というのはどうしてもいるものだからです。

それでもあえて「みんな好き」と思い続けることが大事だなと思います。

距離感や波長を合わせづらい関係性というのはつまり、お互いの個性が異なっているということです。

そして個性が異なるということは、力を合わせたときの相乗効果が大きいということに繋がるからです。

7つの習慣」の「第六の習慣:相乗効果を発揮する」にもこう書かれています。

二人の人が同じ意見を持っているとすれば、そのうちのひとりは余分である。(中略)自分と同意する人といくら話しても、意味はない。あなたに違う見方があるからこそ、私は話がしたい。その相違点を尊ぶのである。

-「7つの習慣」より

学生時代の時のようなただの仲良し集団ではない「大人の仲の良さ」は、こうした違いを乗り越えて相乗効果を生み出そう、という意志で実現するものだと思います。

大切なことはみんな子どもが知っている

3歳の娘に人生の本質を教えられた。そんな気がした38歳でありました。

いつも思うんですが、子どもって本質的で大切なことを知っているんですよね。

きっと僕らは大人になるごとに余計なことばかり身に付けて、大事なことを忘れやすくなってしまってるんでしょう。

これからもわが子を先生とあおいで、いろいろ教わりながら生きていきたいです。

 

 

それでは、また。

 

 

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