リスクへの警戒レベルは自分で決めたい

大きなひとりごと
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通勤電車のデジタルサイネージで配信されていた豆知識ネタです。

「台風の勢力の表し方」というタイトルで、台風は風速で勢力をはかって「大型」「強い」などの表現で情報が発表されるけど、その逆の「小型」「弱い」といった表現は使われないのはなぜか?という内容だった。

それは「警戒心が薄れるため」だという。

根拠のない安心感を与えないためで、経緯としては1999年に「小型」と発表した台風で大きな被害があったため、それ以来廃止なったとのこと。「悪天候には常に注意が必要です」と締めくられた。

へー勉強になった。でもそれって、逆に言えば僕ら常に警戒心をあおられているとも言えるのかな。

日本はとかく過保護な国。

よく思うのは加工食品のパッケージなんかで

「熱いのでご注意」
「切り口で手を切る恐れがあります。ご注意ください。」
「中身が飛び出す恐れがあります。ご注意ください。」

なんて表現が溢れかえっていること。どれだけ注意すればええねんと。

僕は基本的に楽観主義です。子どもの体調を心配する奥さんに「大丈夫、大丈夫」って言い過ぎて「ちゃんと考えてるの?」って怒られるくらい。

でもそれには理由があって、僕はこんな言葉を信じてるからです。

「ほとんどの人は世界が怖ろしい場所だと考えている。そしてそう考えることで世界は本当に怖ろしい場所になっていく」(「アルケミスト」だったかな?)

その通りだなと。なので僕は世界をこれ以上怖い場所にしないために、常に楽観的でいたいのです。大げさに言えば。

だからその逆に、世界は怖い場所だぞと思わせるような情報発信はあんまり好きじゃないなと。

また、こうした情報発信の目的が受け手のことを思ってではなく、発信者側の保身だったりする場合もあるからやっかいだ。「ちゃんと警告しといたでしょ」的な。

まあ、食品のパッケージと防災の周知を一緒に語るのも乱暴かも知れないけど、とにかくそんなことを思った。

大切なのは、こうしたリスクに対するアラート情報は参考にしつつ、まずは自分自身がしっかりすること、そして個別事象の警戒レベルは自ら主体的に判断することかなと。

それでは、また。

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