「ちょうど自分」になる30分間

やってみた
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高級スーツを脱いで、気楽な部屋着に着替えた。

その「特別な30分」を終えたときの自分の状態を説明すると、そんな感じだった。

何が起こったのかを、正確に説明することはできない。ただただ、深い森の中をさまよい歩いているような時間だったからだ。

どこを歩いているのかもわからない。いつ出られるのかもわからない。でも、不思議と不安はない。むしろ、心の中は圧倒的な安心感と静寂に包まれていた。そんな時間だった。

そして、ひたすら歩いていたら、気がつくと森の外に出ていた。
振り返って、今までさまよい歩いていた森を振り返ると、それは「自分の気持ち」という森であることがわかった。

僕が過ごした「特別な30分」は「NVCを取り入れたコーチング」の体験セッションだ。
会社仲間と受講した研修プログラムで募集があり、勉強になりそうだったので申し込んでみたのだった。

「NVC」とは「Nonviolent Communication」の略で、現在、注目されているコミュニケーション手法の1つだ。日本語では「非暴力コミュニケーション」と訳されている。

対立を生み出す要素を排して、共感性をもって対話することで、日常に溢れる無用な衝突を避けて人と関係を作ることができる。

コーチング」は、質問や傾聴で相手から気づきを引き出すコミュニケーション手法だ。今回はこの2つを組み合わせたものをトライアル的に体験できるセッションだった。

時間は30分。Web会議ソフト「ZOOM」を使ったオンラインでのコーチングを受けられるということだった。

僕より前に受けた同僚女性からも「すっごい良かったよ」という感想は聞いていた。しかし実際問題、どんな時間になるのかは、正直まったく予想ができなかった。

コーチング当日。約束の時間少し前に「ZOOM」を立ち上げると、すでにコーチ役の女性2人が繋いでいる状態だった。

先日の研修の御礼など簡単な挨拶をした。
女性のうちの一人が全体のホスト役も兼ねていて、もう一人はコーチ役にフォーカスするという役割分担だった。

いよいよコーチングが開始される。
まずは「いま思っていること」をそれぞれが話す。僕は「ドキドキ・ワクワクしている」と伝えると、コーチ役の女性二人も「期待を受けて嬉しい」「よい時間にしたい」と話した。

感情を表明しあうことで、心が開放されるとともに、「3人の場」みたいなものができあがった。「世界にここだけの場所」がポッと浮かび上がるような感じだ。

次に「今日話したいこと」を訊かれた。僕は少し考えてから、いまやっている仕事のことを話すことにした。

IT企業で人材開発組織開発をしていること。40歳になった節目に、不退転の決意で取り組むことにしたテーマであること。とはいえ会社員なので、今後のキャリアは不確定要素が多いのでそこは気がかりだと伝えた。

二人は静かに聴きいったあとで、コーチ役の女性は僕が話した内容をキーワードだけ拾いながらオウム返しにくり返した。そして「いま聴こえてきたのは、不安? 心配? そんな感情でした。それを聞いていかがですか」と、僕の感情にあたりをつけてくれた。

それを受けて、僕は、今話したこと自体が不安だったり、心配だったりするのではないことに気づいた。そして、もう少し同じ話を深堀りしてみたい気持ちになった。

以前は、何をやっても及第点にはできるが、命がけで取り組むものがない人間であったこと。それに気づいてから、人生を賭けて取り組みたいことを考え抜いたこと。そこで出てきた答えが「人と組織の活性化」であったことなどを話した。

二人は今度も傾聴したあとで、またコーチ役の女性がオウム返しに僕の話をくり返す。そして「いま聴こえてきたのは、活き活きとしていること、自分が楽しませること。繋がり、分かち合い。そんな感情でした。いかがですか」と、感情を「当てに」くる。

何かがピンと来た。自分がもっと話したいことに、近づいてきた気がした。そして、気がつくと次の話をし始めていた。

会社組織や世の中という大きな対象を活性化したいと思っていること。
でも心から愛情を注げる対象は、実際は自分の家族くらい狭い範囲であること。
社交的な性格である反面、交友関係を広げていくのが下手くそなこと。
こうしたギャップがなぜ生まれているのか分からないこと。
今後、どう解決すればいいかも見えていないこと。

次々と自分の中の思いが言葉になって出てきた。

僕が話している間も、二人の女性は間断なく、傾聴とオウム返し、そして感情を当てにきてくれるやりとりを続けてくれた。その度に、僕の心の中にある「思い」の1つ1つに「名前」が与えられていった。

「自分への葛藤」
「自分への嘆き」
「未来への不安」
「でも諦めきれない思い」

まるでドラマの登場人物とその相関図のように、1つ1つの「思い」に特徴と役割がありながら、それぞれがお互いに関わりながら、1つの体系を作っていることがわかってきた。

ドラマのストーリーも見えてきた。
僕は、自分が出来る、出来ないに関わらず、とにかく広い範囲にポジティブな影響を与えたい。そして1人でも幸せな人を増やして、少しでも良い世の中にしたい。どうも、そういう人間であるようなのだった。

「ひとつ、訊いてみたくなったんですけれど……」と、前置きしてホスト役の女性が質問をしてきた。

質問者としての意志を感じる切り出し方にハッとした。ここまでは一貫して、僕が話すのをうながす質問ばかりだったので、トーンの違いに少し我に帰ることになった。

「広い範囲に影響を与えることによって、何を得たいと思っていますか」

心の中心点を弾丸で撃ち抜かれたような気持ちがした。すぐに答えることができず、しばし、沈黙した。僕は、広い範囲に影響を与えて、何を得たいのだろう……。

しばらく考えたあとで、言葉が浮かんできた。

「僕は、とにかく自分の力で、誰かを笑わせたいんだと思います。自分の力で、関わる場所を良い場所にしたい。いずれも自分が軸なんですよね。でも人や場に影響をおよぼすためには自分軸を消した方がいいことが多いので、そこが気がかりなんでしょうね」

そう言うと、僕はとても晴れやかな気持ちになっていた。いろいろな言葉で取り繕って、ひた隠しにしてきた思いを素直に認めることができて、スッキリしていた。

ホスト役の女性はニッコリして、こう質問を重ねてきた。

「ここまで聴いて、わかったのは、大事にしていらっしゃるのは、自分自身に誠実であること、正直であること。そう聞いてどうですか。今後どうされていけばいいと思いますか」

僕は「正直に、生きていけばいいと思いました」と答えた。

「素敵だなと思う人に近づいていく。素敵だなと思う場所に近づいていく。そして、その人や場に、可能な限りポジティブな影響を与えて、働きかけてみる。それを思いっきりやり続けてみる。それでいいんだと思えました」

女性はまとめとして、こう伝えてくれた。
「お話からわかったのは、圧倒的な素直力。正直力。水が流れるようなエネルギーでした。そして、そこに到達した顔が、とても気楽そうに見えました」

そして、最後の質問。
「最後に言ったことはご自身が本当にやりたいことですか? また、本当にできることだと思えますか?」

僕は心からの「YES」をお返しして、このコーチングは終了となった。

この30分間に、何が起こったのかを、正確に説明することはできない。
ただ、感覚的には「自分という氷山」を深堀っていくような時間だったことは間違いない。

氷山は、水上に出ている部分はほんのわずかで、大部分は水面下に隠されている。
同じように、自分の心も、普段はそのほとんどが水面下に隠れて、見えない状態だということがわかった。

今回の「NVCを取り入れたコーチング」は、その「自分という氷山」を質問・傾聴・承認を繰り返しながらどんどん深堀っていってもらえる時間だった。

話をしっかり聴ききって、受け止めきってもらえる。そして、自分の感情を当てにきてもらえる。

それが的を射ていることもある。少し、的を外していることもある。でもいずれにせよ、その時間が100%「自分のための時間」であることを感じ続ける安心感がある。

「自分のためのステージ」「自分に向かい続ける劇場」そこに第三者が介在してくれていることが、不思議と心地よい。問われる、語る、受け止めてもらえる。この繰り返しの中で静かに立ち上がってくる、「自分の本当の気持ち」。

てらうことなく、また卑下することもなく、「ちょうど自分」になれる時間。

僕が過ごした30分間は、そんな時間だった。

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