健全に生きている人ほど1週間のテンションは「フラット化」する

ポジティブに生きる方法
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盛り上がらない金曜日

いつのころからだろう。金曜日に特に盛り上がらなくなったのは。

昔はすごかった。20代の頃なんかは木曜くらいから週末が楽しみになってきて、金曜に入るともう週末モード入り始めて、午後には宇多田ヒカルを口ずさみながら、いかに早く仕事を終わらせて速やかに週末に突入するかしか考えていなかった気がする。

仕事にも精が出る 金曜の午後
タクシーもすぐつかまる(飛び乗る) 目指すは君

-「Traveling」宇多田ヒカル

夜になって上司や先輩の「お前、あれやったのか?」をかいくぐって「お先に失礼」する。あの悪魔城から脱出したかのような解放感、脳髄がとろけ出しそうなくらいのワクワク感。・・・は、今はもうない。なぜだろう。

 

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憂鬱じゃない月曜日

その一方で、月曜日も憂鬱じゃなくなってきた。日曜日の夜になって、ベタだけど、サザエさんの音楽が流れて「明日からまた平日か」と思うとき、昔ならもうこの世の終わり、ショータイムの幕がおり、本当の自分を封印し、またサラリーマンという仮の姿にに逆戻りか、という感じがしたものだが、それも今はない。

むしろ、頭が先んじて週明けからやらなければいけないことや、段取りなんかを考え始めたりする。月曜の朝だって、普通に気分よく目覚めて、シャキシャキ用意して、ちょっと早めに出かけたりする。なぜか。

 

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1週間が「フラット化」する理由

なぜだろうと考えたときに、最初は昔ほど週末に楽しい遊びをしなくなったからかなと思っていた。結婚して夜遊びもしなくなったし、ハチャメチャな騒ぎ方とかもしなくなった。

でもやっぱり週末に家族と一緒に過ごして、自分の時間もそれなりに取って、若かりし頃とは内容は違えども、ちゃんと楽しい、待ち遠しい時間を過ごしている。だからそこは関係ないと気づいた。

そう、実は理由はただ1つで、平日の(オンの)自分も、休日の(オフの)自分も、等分に自分らしく生きられているということに尽きると思う。

若いころは「仕事をしている自分=仮の自分」「遊びの自分=本当の自分」みたいな考えがあった。きっと仕事が好きじゃなかったんだと思う。

好きじゃないというよりも、どこか「人にやらされていること」「お金のために仕方なくやっていること」「自分らしくないこと」みたいな無責任な気持ちで働いていたんだと思う。

今は仕事も家庭もすべて、全部自分で選んだ結果である自覚があるし、だからそこで起こるすべてのことに責任をもってのぞんでいるので、どこにも「仮の自分」がいなくてすべて「本当の自分」として生きられている。だから月曜だろうが金曜だろうが、フラットなテンションでいられるんだと思う。

 

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まだ1週間が「フラット化」していないあなたへ

きっと、1週間の中でテンションが下がるところに、何か人生を改善するヒントがあると思う(僕で言えば昔の平日)。そして、そこには、おそらく人生の貴重な時間を消費してまで、やりたくはないことが存在しているんだと思う(僕の場合は昔の仕事)。

その「テンションが下がる要因」が残っている限り、人生は健全な状態とは言えない。1週間は全部気持ちよく燃やし尽くすことができて、はじめて楽しく過ごしたと言えるのではないか。

また、そうした「テンションが下がる要因」は、どんなに見ないふりをしようとしても、他の楽しみでごまかそうとも、きっといつか解決しなければいけないときが来るものなので(僕の場合は転職)、一度立ち止まって本質的に解決する方法を考えた方がいいと思う。

 

なんて記事を憂鬱な人もいるかもしれない月曜日に書いちゃったりなんかしちゃったりして。てへ。

それでは、また。

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