僕はあなたと「人生の目的」レベルの話がしたい (たとえウザがられても)

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「龍馬伝」の吉田松陰のセリフにガビーンと来た

「君は何者じゃ?何のためにこの天のもとにおる?君がやるべきことは何なんじゃ?
考えるな。己の心を見ろ。そうじゃ。そこにはもう答えがあるはずじゃ。」

※出典:NHK大河ドラマ「龍馬伝」 第6話「松陰はどこだ?」より

大ヒットドラマ「龍馬伝」で、吉田松陰が黒船に乗り込むときに、主人公である坂本龍馬に言ったセリフです。

実をいえば僕は「龍馬伝」を通しでは観ていなくて、このシーンもたまたまテレビをつけたときにやっていただけなのですが、聞くなりガビーン(死語)となりました。ほんとにそうだ・・その通りだ・・と。

この言葉は「松陰を黒船に乗らせる・乗らせない」であーだこーだ言っている坂本龍馬と桂小五郎に対して、「うるせー、そんなヒマがあったら、お前らはお前らの人生を生きろ。自分人生の目的をちゃんと考えろ」と究極の本質論で黙らせるために使われました。

それ以来、僕はことあるごとにこの言葉を思い出すことになりました。

思い出すのは「レベルの低い衝突」が起こったとき

仕事で、プライベートで、「レベルの低い衝突」が発生することがあります。

「レベルの低い」の意味は、その瞬間のディベートに勝つためだけの議論や、その場の感情だけの口喧嘩、それぞれの立場の表明に終始する平行線の会話、などいろいろです。

そうした場面で、その状態を作り出している人(人たち)を見ながら、僕は冒頭のセリフを思い出して思います。

「この人は(この人たちは)一体、何のために、いまこの瞬間、お天道様の下で生きているんだろう」と。

話が飛躍しているわけではなく、きちんと繋がっています。

なぜなら、どの衝突も共通するのは、「より長期的・俯瞰的な共通認識があれば、決して起こり得ない各論レベルのぶつかり合い」であるからで、議論の階層を上げないと、解決しない問題であり、議論の階層を上げ切った先に待っているのはお互いの「人生の目的」だからです。

議論の階層を上げていくと「人生の目的」に行きつく

具体的に説明します。

あるプロジェクト内で、1つの案件を進めるべきか進めるべきじゃないかという議論が起こったとします。

先ほども書いた通り「レベルの低い衝突」は、以下のような理由で起こります。

  • MTGで勝ちたいから合意しない(ディベート
  • 相手が嫌いだから合意しない(感情だけの口喧嘩
  • 自分の部署の事情で合意しない(立場の表明に終始

こうした議論は、議論の階層を上げる(抽象化する)ことで回避できます。具体的なステップはこうです。

  1. その案件を通して「プロジェクトをどうしたいか」を話し合う
  2. そのプロジェクトを通して「今の職場ををどうしたいか」を話し合う
  3. 自分のキャリア(職務領域)を通じて「社会をどうしたいか」を話し合う
  4. 自分の人生を通じて「世界をどうしたいか」人生の目的)を話し合う

実際は、会社の打合せで「あなた、どんな人生を送ろうと思ってその発言をしているんですか」なんて会話はありえないため、2.~4.のような会話は主に飲み会の席なんかでされることが多いです。

でも逆に、普段からこうしたコミュニケーションが十分とれていれば、「レベルの低い衝突」は起こりえないと思います。

「人生の目的」っていったい何なのさ

人生の目的、それは「7つの習慣」の「第二の習慣:目的を持って始める」の章で、このように説明されています。

  • 生涯を通してどんな人間になって、何を成し遂げたいかを定義したもの
  • 自分の葬式で、参列した人からどういう人間だったと言われたいか」の自問自答で具体化に想像できる
  • ミッション・ステートメント(個人の憲法)」として可視化することができる

実際にやってみるとわかりますが、考え始めるとかなり頭と時間を使います。と同時に、まったく定義していないときに比べて、何かしら定義しているときの日々の目的意識の高まりにすぐ気付くと思います。

騙されたと思って、自分の葬式の想像と、自分がどうありたいかを文字にして書き出すことを強くお勧めします。

僕があなたと「人生の目的レベルの話」がしたい理由

僕は出会った人とは可能な限り、こうした話をしたいと思っています。周囲の人からすればきっとウザいです。

それでも、ここにこだわるのはなぜか。

理由の1つ目は、「話し合うテーマに制限を設けたくない」ということがあります。人生は短く、言葉は不十分なツールなので誤解は常に生まれます。だから、常に何でもかんでも話し合いたい。そのためには、議論できるテーマに制限は設けたくない。つまり、人生の目的という究極のテーマだって話し合える関係でいたい、とそういうわけです。

2つ目に、「お互いの人生にとって良きパートナーでありたい」という理由があります。お互いの人生の目的を知っておくことで、相手のやりたいこと、やりたくないことがわかるので、お互いのやりたいことを邪魔しない、やりたくないことを引き受けさせない関係になれるわけです。関わるほどにお互いの人生が素敵なものになるパートナーシップが築ける、そんな関係でありたいのです。

3つ目は、それらを通して、「出会ったことを最高の奇跡に変えたい」という思いがあります。せっかくこの人生で会ったわけだから、誤解や諍いを起こしている場合じゃない。出会ったことに毎日最高に感謝しながら関わっていきたい。一人ではできないことを二人以上で一緒に発明していく関係性を築きたい。そう思っています。

まとめと謝辞

なんだか、まとまりのない文をダラダラ書いてしまいすみません。最後まで読んで頂きありがとうございます。

お伝えしたかったのは「大切な人とは人生の目的レベルの話をし合いたいものですね」ということです。

とりいそぎ御礼まで。

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