「巨人の肩の上に立つ」ということ(Stand on the shoulders of giants)

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「巨人の肩の上に立つ」とは何か

僕の上司は学術的に研究された理論やモデル、フレームワークなどをよく引用しながら話をしてくれるのですが、その理由を「巨人の肩の上に立つ」という言葉で説明してくれました。

「巨人の肩~」とは「先人の積み重ねた発見の上に、新しい発見をすること」の比喩(メタファー)で、「巨人の肩に乗る」「巨人の肩の上に立つ矮人(わいじん)」なんて表現もされたりします。

万有引力を発見したアイザック・ニュートンが、知人宛ての手紙の中で「私がさらに遠くを見ることができたとしたら、それはたんに私が巨人の肩に乗っていたからです」と書いたことでも有名です。

そのためニュートンの言葉だと思っている人も多いようですが、原典はフランスの哲学者シャルトルのベルナール(ベルナルドゥス)の言葉だとされています。

シャルトルのベルナルドゥスはわれわれをよく巨人の肩の上に乗っている矮人(わいじん)に準(なぞら)えたものであった。

われわれは彼らよりも、より多く、より遠くまで見ることができる。しかし、それはわれわれの視力が鋭いからでもなく、あるいは、われわれの背丈が高いからでもなく、われわれが巨人の身体で上に高く持ち上げられているからだ、とベルナルドゥスは指摘していた。

私もまったくその通りだと思う。

柴田平三郎「中世の春」より

うん、私もまったくその通りだと思います。

僕らはみんな「巨人の肩」に乗っている

世の中の真理をついた言葉と言うのは、あらゆる場面で応用できるため、この言葉も自然科学、出版物や音楽などの著作物、ソフトウェア開発など、多くの分野で引用されています。

僕はどんな「巨人の肩」に乗っているだろうと考えると、本当にありとあらゆるものの上に乗っからせてもらっているなと感じました。

言葉の意味そのままに、子どもの頃からこれまでに勉強してきたありとあらゆる理論や考え方はもちろんのこと、それ以外にも、

  • 親や姉弟から学んだこと
  • 友人から学んだこと
  • アルバイト先、会社など仕事の先輩・上司から教えてもらったこと
  • 毎日の生活を送っている現代家屋としての我が家(マンション)
  • 今日も寝る場所であるベッド
  • 今日も食べる誰かが考えたレシピ
  • 今日も使う誰かが発明した食器
  • 今日も聴く誰かが考えたメロディと歌詞
  • 電車や車など移動手段
  • インターネットやスマートフォンという情報インフラやデバイス

・・・などなど、実にさまざまな「先人の積み重ねた発見の上」で今日を生きているなと感じました。

ここに挙げたものは僕でなくても、どんな人も乗っかっている「巨人の肩」であり、つまるところ、僕らはみんな「巨人の肩」の上で生きている、生かされているということになるんだろうなと思いました。

大切なのは「遠くを見て新しい発見をする」こと

ここまで整理したところで、あらためて、そんな巨人の肩の上で今日も生かされている僕は「それでは、今日どんな新しい発見をしたんだろう」と自問自答をしてみて、何一つ発見していないことに気がつきました。

僕らはアイザック・ニュートンよりも、レオナルド・ダヴィンチよりも、ソクラテスたちよりも、(彼らを含めた)巨人の肩に乗せてもらっておきながら、つまり彼らよりも遠くを見渡せる環境にいながら、いったい何をやっているんだろうと思いました。

もちろんそんな天才たちと自分を比べるなんて、おこがましいを通り越してスットコドッコイもいいところですが、思わず比較してしまうくらい高いゲタを履かせてもらっているのも事実なんじゃないかと考えたわけです。

せっかく遠くを見渡せる世界を生きているんだから、生きているうちに出来るだけ新しい発見をしたい。

そうして、次の世代の「巨人の肩」・・・そのものにはなれなくても、「肩の皮膚片の一部」くらいには、なれるんじゃないか、なれるといいなぁ、なんて思いました。

それでは、また。

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