「まぜそば、麺大盛オーダーいただきましたー」
カウンターに座り食券を渡すと、店員は元気よく声を上げた。
仕事で外出中に見かけて立ち寄ったラーメン店は、まだ昼前ということもあって、すぐに座ることができた。
お店のメニューは普通のラーメンとスープなしのまぜそばがあって、2つは人気を二分しているのか、店内のお客さんは半々くらいの割合で食べていた。
僕はあまり食べたことのない、まぜそばの方をあえて頼んでみることにした。麺は増量しても同じ値段だったので大盛でオーダーした。
一人で飲食店に来ると、注文の品が出てくるまでの時間が手持ち無沙汰になる。
僕は仕方なくカウンター下に貼ってあった「まぜそばとは?」という説明プレートを読み始めた。
「まぜそばとは?
スープのかわりに、特製たれ・調合油を絡ませて食べます。カロリーはラーメンの2/3、塩分は約半分と、実は体に優しいメニューなのです」
(へえ、見た目はジャンクフードそのものなのに、意外にヘルシーなのね)
興味が湧いてきたので、手元のスマホで「まぜそば」を検索してみる。
まぜそばは、店によっては「油そば」「汁なしラーメン」ともいうらしい。スープがない分、原価率が低く、利益率が高い商品のため、お客さんにとっては「コスパが悪い」商品になるとのこと。
(コスパが悪いって……食べる前から損した気になっちゃったな……)
そんなことを思いながら、ふと隣に目をやると学生風の若い男が、おそらくは特盛と思われる大量のラーメンを美味しそうにすすっていた。
(おや、ラーメンも美味そうだったな。しかしすごい量だな……。無料だからって僕も大盛にしちゃったけど食べられるかな)
若者が元気よく食べる姿を見ながら、はからずも最近は食が細くなってきた自分の身をふりかえることになった。
僕ももう41歳。自覚症状はあまりないが立派な中年だ。
人生を80年とすれば、ちょうど折り返し地点を過ぎたところになる。仕事も家庭もまずまず順調だし、趣味のブログも続いている。最近ではライティング教室なんてものにも通い始めていたりして、まだまだ新しい学びへのアンテナも張れている。
ただ、いかんせん気力・体力・精神力の衰えは、確実に進んできている。
食事の量が減った以外にも、風邪をひくと治りづらくなったり、作業に集中できる時間が短くなってきたりしているのが何よりの証拠だ。
人生はよく登山に例えられる。
前半戦は力強く山を登っていき、折り返し地点となる山頂で全部の景色が見渡せたあとで、後半戦はゆっくりと山を下りていく。
なかなか秀逸な表現だとは思うけれど、自分はもう下山しているのか……と思うと、なんだかもの悲しくなるのも正直なところだ。
中年の悲哀……。
認めたくはないが、そんなネガティブな言葉すら浮かんでくる。
「へい、まぜそば、麺大盛おまち!」
店員の元気な声に、薄暗い考えは吹き飛ばされた。
カウンターの上に置かれたまぜそばの量がそれほどでもないことにホッとしながら、僕は丼を受け取った。
先ほどの「まぜそばとは?」の続きに「美味しい食べ方」も書いてあったので、それを眺めながら割り箸を割る。
「まぜそばの美味しい食べ方」
1.熱い間にお酢とラー油を丼に回し入れる。
2.すぐによくかき混ぜる。
3.熱いうちに食べる。
(要するに調味料を入れたら、全部かき混ぜて食べればいいだけか)
素直に書いてある通りに食べてみることにする。お酢とラー油を回し入れて、グリグリとかき混ぜて、熱いうちにほおばる。
美味しい。
全部かき混ぜているので見た目はイマイチだが、たれ・具・麺が渾然一体となって口の中に押し寄せてくる。スープがない分、楽しみが減るのかと思いきや、酢・ラー油の旨みが何とも言えず後を引く美味しさだ。
夢中になってフガフガと麺をかきこみながら、人生後半戦はもしかしたら、まぜそばみたいなものかもしれないと思い始めた。
見た目はイマイチでも、中身で勝負。
最小コストで、最大効果。
持てる材料を全部駆使して、お客さんを楽しませる。
どれも最近の自分が心がけていることに似ている。
そして、それが可能になったのも、まぜそばがスープなしで全貌がわかるように、人生の全体像が見えるようになってきたからなのかもしれない。
対して40歳までの人生前半戦はまるでラーメンのようだった。
たくさんの具材とスープで全貌が見えないかわりに、攻略するワクワク感があった。少しずつ食べ進めるごとに徐々に人生がどんな場所かわかってくる。そんな時代だったんじゃないかと思った。
隣の若い男もそんな時代を生きているのかも知れない。
ちょうどその時、彼は食べ終えて席を立った。丼を見ると大量のスープが残っていた。
ラーメンもまぜそばも、どちらも美味しい。
ただ1つ違うのは、ラーメンはスープを飲み干すことはあまりしないが、まぜそばは丼に入っている全部をごちゃ混ぜにして、全てを味わいつくすメニューだ。
はたして、僕の丼は空になっていた。
よし。人生後半戦もこんな風に全部ごちゃ混ぜにして、全てを味わいつくすぞ。
そうすれば、若かりし頃の自分と今の自分を変に比べたりすることなく、まったく別のメニューとして楽しめるはずだ。
そう思いながら、ふと出口に目をやると、いつの間にかすごい行列ができていた。
12時をまわって近隣のランチ客が押し寄せたようだ。先頭の何人かは「食い終わったら早く出ろよ」と言わんばかりの険しい表情でにらんでいる。
僕はそそくさと会計を済ませて、店を出た。
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