今さらながらStingの『Englishman In New York』が名曲すぎる

今さらながらStingの『Englishman In New York』が名曲すぎる

埼玉県の郊外にあるショッピングモールで、一人秋の空を眺めていた。

奥さんの実家にお邪魔したついでに、奥さんと子ども二人、そして奥さんの両親(僕にとっては義父と義母)、6人で出かけた買い物の合間に、ふとできた一人の時間だった。

 

何度か行ったことがあるショッピングモールだったが、2階のテラス部分は初めてだった。

よく晴れた日曜日の午後で、気持ちのよい陽の光が降り注いでいた。

何かのイベントがあるのだろうか。1階のステージ広場では、ベンチ席に家族連れが何組か座っていた。

隣の建物との連絡通路の下の道路は、駐車場を出入りする車がときどき行きかっていた。

 

なんてことのない時間だったが、なんとなく特別な時間だった。

純粋な自分の意志だけで来たわけでない場所で、ふと訪れた自分の時間。

生まれた街ではない景色を眺めながら、不思議と居心地の良い気持ちになっていた。

 

僕の心にあったのは「今の自分は100%望んだ場所にいる自分だ」という確信だった。

奥さんがいて、子どもがいる。奥さんの実家があって、時々遊びに来ている。

仕事があって、気持ちよく働けている。きちんと休日があって、ショッピングモールに来れている。

 

平凡な人生であるし、自分が何を成したのかと言われれば、まだ何者でもない。

どれだけ夫らしいこと、父らしいことができているかはわからない。

どれだけプロフェッショナルな仕事ができているのかもわからない。

家庭人にも仕事人にもなりきれているようで、なりきれていない。

でも自分はたしかにここに存在するし、自分らしく生きた結果として今がある。

 

気づくと鼻歌を口ずさんでいた。

Stingの「Englishman In New York」だった。

 

「僕はコーヒーは飲まないんだ 紅茶を頼むよ」

と始まる往年の名曲が、今の気分にはちょうどいい。

 

「僕はエイリアンなんだ 合法的なエイリアン」

「僕はニューヨークに住んでいる英国人なんだ」

今いる環境に完全に合致しているわけではないからこそ、感じられる自分。

違和感の中に漂うからこそ、感じられる自分。

 

「自分らしく生きろ 誰がなんと言おうと」

本当にその通りだな。これまでも。そして、これからも。

 

それでは、また。

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