今さらながらMr.Childrenの「蒼」が名曲すぎる

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

今さらながら名曲シリーズ。今日はMr.Children(ミスチル)の「蒼」について書きます。




Mr.Childrenの「蒼」を知っていますか

Mr.Childrenの「蒼」は2010年発売の16thアルバム「SENSE」の一曲。

配信系シングルが収められているものの、全体的に落ち着いた印象のアルバムです。

「蒼」は後半8曲目に収録されているピアノとギターだけで演奏される静かな曲で、自らの内面に沈み込んでいくような歌詞が特長です。

Mr.Children「蒼」の読み方・歌詞・解釈

「蒼」の読み方は「あお」。

意味は単に「青い」というだけでなく、「青ざめている」「生気がない」といった意味も含みます。

タイトルどおり、歌詞も「青ざめて」いる印象です。ミスチルお得意の「内省ソング」といったところでしょうか。

自分では精一杯してるつもり
でも動かないものばかりで

出だしから「努力だけではどうにもならない現実」に打ちのめされた主人公の気持ちが吐露されています。

その人なりが果たすべき使命に
ただひたむきであれと諭すのに

Bメロでは「自分自身の使命にひたむきであればそれでいい」という、自分でも分かっている正論をあえて持ち出すことで、それでもなお立て直すことができない自分の気持ちにまた戻っていきます。

静かに静かに夢はささくれ
届かぬ祈りに胸が暴れる
ただただ自分の身の丈を知らされ

サビです。夢や祈りなど自分の中で諦めていない思いがあるからこそ、日々現実とのギャップに思いが行きます。

「自分の身の丈を知らされ」という歌詞もすごいですよね。本作を象徴するフレーズであり、ミスチルらしい(桜井和寿らしい)表現で1番を締めます。

静かに密かに嘘を重ね

2番のサビ。そんな思いにとらわれながらも、見栄や虚勢といった罪のない範囲の嘘を積み重ねながら、僕らは生きていきます。

ただただ自分の身の丈を知らされ
それでも心は手を伸ばし続ける

そして結局はまた、自分の「身の丈」を思い知らされる。その繰り返し。でも最後はまた夢や祈りに「手を伸ばし続ける」というポジティブな表現で曲を締めくくります。

やっぱり最後のこの歌詞が一番好きですね。

人間、誰しも自分の「身の丈」は自分が一番知っています。それでもそれを超えて夢見たり、挑戦したりすることで成長があり、次の「身の丈」が作られていきます。

だから「手を伸ばし続ける」ことがとても重要なわけですが、その生き方をしている限り、毎日は「身の丈を知らされ」続けることになる。

この歌はそんな「心の成長痛」を歌ったものだと言えます。

一人でドライブをしながら「蒼」を聴く

久しぶりにこの曲を聴いたのは奥さんの実家から、一人自宅に戻る車の中でした。

8月の夕暮れ時。夕焼けの「紅」から徐々に夜の「蒼」に街が染められていく中、一人iPhoneに入れた曲をかけながら国道を走っていました。

窓を開けると夏の匂いと虫の声が聴こえてきます。道の両サイドはチェーン店系のレストランの看板が流れていきます。追い越していく車たちのテールライトの赤を眺めています。

そんなタイミングで、ふと流れてきたのがこの「蒼」でした。

歌詞を聴きながら思ったのは、自分が41年間の人生で「やってこれたこと」と「やろうと思ってできなかったこと」でした。

子ども時代、学校、学生時代。仕事、転職、異動。プライベートのいろいろ、個人の活動。家族、友人、大切な人たちとの時間。いろいろ思い返すことができました。

そして、歌詞にある「身の丈を知る」とはつまり、「自分の人生を正しく受け止める」ということなんじゃないかと思いました。

「過去」をふりかえり、「現在」をスナップショットとして切り取ったときに、起こった事実を正しく受け止める。

これからも僕には静かに自分自身を眺める時間が必要だと思うし、そんな時に必要なのは、この「蒼」みたいな曲なんだと思いました。

それでは、また。

スポンサーリンク
AD




AD




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
AD